スピリチュアル・マステリー(師となる)
カレシュワール・スワミ の金言
スピリチュアル・マスターはポジティブとネガティブを理解しなくてはならない
ドラッグ中毒者は大勢いるし、多くの人々が悪い癖に捕らわれている。誰が彼らを本当に救済することができるのか?それは、最も鬼才な人物であるスピリチュアル・マスターだ。聖なる愛・神の愛を通じてのみ、あなたは信じ難いほど他者を救うことができる。もし、あなたが本当にその御業を学びたいのであれば、世の中にあるネガティビティを吸い出す為に、世の中に存在する苦しみと宇宙エネルギーのチャンネルを理解しておかなくてはならない。あなたは、ポジティブな面とネガティブな面のどちらも経験しておかなくてはならない。もし、あなたがその両面を一度理解したなら、その時、あなたはマスターとなるのだ。
マスター養成はかなり骨の折れる仕事だ
弟子一人をマスターに養成することは、師にとってかなり骨の折れる仕事だ。師は、自然の中で弟子が本当にどれだけそれを「磨く」ことができるかを決定する。磨くのは、他者と協力する能力であり、他者とのコミュニケーション能力だ。そして、また、弟子のあなたが、どれだけ一生懸命世の中に奉仕してきたかであり、どれだけ自ら進んで仕事をこなしたかである。
マスター養成は大いなる仕事だ
イリュージョン・マスター、すなわち、マハーマーヤ・マスターを養成するとは、大いなる仕事だ。一人のマスターを養成することは、十億人の人々の指導をすることに相当する。
弟子を浄化しなくてはならない
私のダルマとは、実際に弟子を停滞させるものや弟子が手放したがらないものを洗い流すことだ。もし、私がそれを浄化せず、ただ伝授だけして立ち去るのであれば、それは幾世もの間、取り除かれことはないだろう。それゆえ、古代から現在まで、特に、ここ二世紀(19~20世紀)の間、世界中の聖者のうち誰一人として、素晴しい弟子を養成することなどできはしなかった。
マスターになる訓練
「これをしろ。あれをするな」と言って、私から弟子に命令をすることはしたくない。好きなことを何でもして、幸せであり、親切でいなさい。けれども、私が弟子に与えている訓練とは、まるで岩から彫像を作成するようなものだ。時には、「どうして、のみで私を打ちつけるの?どうして、私を彫刻するの?」と、彫像が泣きを入れることもある。だが、しばらくすれば、それが美しい彫像に変わり、人々があなたに美しい花の首飾りを掛け、足元には花を捧げるようになる。彫刻することがとても重要だ。彫刻家の誰かがババ像を彫った。岩を切り出し、ババの御足を彫刻した。ババ像は「どうして、こいつはそんなことをするのだ?」と質問したり、決して悪く思うことはなかった。彫刻家はそれを作成しなくてはならなかった。今では、彼は作品を完成させ、我々はそれに花やローズ・ウォーターを捧げているのだ。
人助けはヨガだ
もし、あなたがマスターと共に段階を進むなら、自動的にあなたはマスターとなるだろう。そうなれば、あなたは大勢の人々をわけなく助けることができる。大勢の人々を助けている時に感じる、その大いなる至福とは信じ難いものだ。病気で苦しむ人があなたから恩恵を受ければ受けるほど、心の傷ついた人があなたから恩恵を受ければ受けるほど、あなたの魂はより高く進化し、よりパワフルになる。
